化学という学問の『立場』について〜【その1】

みなさんこんにちは。最近寝不足気味なサブです。

今回は、ちょっと真面目な記事(いつもは?)にしてみました。テーマはタイトルの通りです。僕が化学科に進学して数年を過ごしてきた上で、自然科学の中での化学という学問の立ち位置について思ったことを、シリーズにして書いていこうと思います。このシリーズで書くことの中には、今化学に興味があって、将来は化学の道に進みたい、と思っている中高生に是非とも胸に留めておいて欲しいことも含まれています。

注. 今回書くことは、全て私の主観です。あしからず。

『化学』の特徴について〜その歴史から〜古代

いきなりあまり関係のなさそうなテーマですが、まず、化学は一体どのような特徴を持っているのかを、その歴史から明らかにしてみようと思います。

化学の始まり(科学に限らず、自然科学の始まり)は、古代ギリシャの哲学者にまで遡ると考えられます。当時はまだ階級社会が一般的で、奴隷はこき使われる一方、上流階級の人々は暇を持て余し、娯楽に走ります。その一環として、彼らは毎日広場などに集まっては無駄話に花を咲かせていました。

そしてその中に、かの有名な古代ギリシャの哲学者たちもいました。彼らも当然暇で、かつ頭も悪くなかったので、いろいろなことに考えを巡らせるようになります。そして彼らは、ついに「万物の源」を突き止めようとし始めます。あらゆるものは一体何でできているのか?などです。ある者は、物質は火や土などでできている、と主張しました(当然、他にも様々な説があったでしょう)。当然それらの説を確かめる術は当時はなかったのですが、暇を持て余した娯楽の一環として、以上のようなことが始まりました。

これがまさに、自然科学の始まりでしょう。根源を見つけようとするこのような営みが、今日の科学を基礎付けたのです。ここから科学の発展が始まります。

『化学』の特徴について〜その歴史から〜中世(前編)

中世ヨーロッパに一気に飛びましょう。この頃までは、先ほどの古代のような流れがそのまま引き継がれていました。つまり、哲学者が自然科学も担当している、ということです。

実はこの頃、ある怪しげな学問が流行っていました(当時の人は至って真面目だったのでしょうが)。それは、錬金術です。錬金術とは、身の回りの物質から金ぐらいの貴金属を作ってやろう、という学問です。貴金属を作るために、人々(錬金術師)は様々なことを試みました。おそらく、いろいろなものを混ぜたり、火をつけたり、水に入れてみたりと、いろいろやってみたんでしょう。しかし、この試みは結局失敗に終わってしまいました。

今の観点からすれば、この失敗の原因は明白です。反応させる際に加えるエネルギーが圧倒的に少なすぎたのです(鉄の生成を例にとってみると、鉄というのは宇宙の中で、水素やヘリウムなどが核融合反応をすることで生成されたことがわかっています。この核融合で出入りするエネルギーは莫大なものです。錬金する際にも、それほどのエネルギーが実際には必要だったに違いありません。加熱やすりつぶすぐらいでは貴金属は生成されなかったのです)。

…では、これは完璧な失敗だったのでしょうか?全く意味のない失敗?

いえいえ、そんなことは決してありません。この錬金術によって、化学という分野が産声を上げたのではないか、と考えられます。では、一体どのようにしてでしょうか?(つづく)