【量子力学】一般角運動量の話

一般角運動量の議論では、角運動量の交換関係のみからかなり具体的な結果が結論されます。

3つの一般角運動量演算子の各成分\hat{J}_x, \hat{J}_y, \hat{J}_zと全角運動量演算子\hat{J}^2=\hat{J}_x^2+\hat{J}_y^2+\hat{J}_z^2が満たすべき式は、

[\hat{J}_x, \hat{J}_y]=i\hbar \hat{J}_z
[\hat{J}_y, \hat{J}_z]=i\hbar \hat{J}_x
[\hat{J}_z, \hat{J}_x]=i\hbar \hat{J}_y
\qquad\qquad\qquad[\hat{J}^2, \hat{J}_\alpha]=0\qquad(\alpha=x,y,z)

です。

この交換関係は軌道角運動量の場合と全く同じ形をしています。ただし、今回は軌道角運動量のように演算子の具体形、

\hat{L}_x=\hat{y}\hat{p}_z-\hat{z}\hat{p}_y=-i\hbar \left( y\frac{\partial}{\partial z}-z\frac{\partial}{\partial y} \right)

などは仮定しません。(yz成分についても同様)

つまり、上の4式で表された交換関係を満たす演算子なら、何でも一般角運動量演算子と認めます。もちろん、軌道角運動量もその一つです。

全角運動量と各成分が可換であることから、これらについて同時固有状態が存在します。ただし、各成分同士は非可換なので、x,y,zのどれか一つに対してしか固有状態を取れません。

慣例に習って、全角運動量\hat{J}^2z成分\hat{J}_zの同時固有状態を考え、それぞれの固有値が\hbar^2\eta, \hbar\muとなるように、\eta\muをとります。

この状態を\ket{\eta\mu}と書けば、

\hat{J}^2\ket{\eta\mu}=\hbar^2\eta\ket{\eta\mu}
\hat{J}_z^2\ket{\eta\mu}=\hbar^2\mu^2\ket{\eta\mu}

が満たされることになります。

ここから、\eta\muの取りうる値を絞り込んでいくのが、今回の議論の目的です。

手始めに、\ket{\eta\mu}\hat{J}_x^2+\hat{J}_y^2を作用させてみます。

\begin{split}
(\hat{J}_x^2+\hat{J}_y^2)\ket{\eta\mu}&=(\hat{J}^2-\hat{J}_z^2)\ket{\eta\mu}\\
&=(\hbar^2\eta- \hbar^2\mu^2)\ket{\eta\mu}\\
\end{split}



\ket{\eta\mu}\hat{J}_x \hat{J}_yそれぞれについては固有状態ではありませんが、\hat{J}_x^2+\hat{J}_y^2については固有状態となります。

物理的な要請から、演算子の二乗の和の固有値は非負であるべきなので、

\hbar^2\eta- \hbar^2\mu^2\geq0\\
-\sqrt{\eta}\leq\mu\leq\sqrt{\eta}

となります。

この式をみて、\muに本質的な上限・下限があると捉えてはいけません。あくまでも、\eta\muの組を考える際、ある\etaが与えられたらそれと対になる\muに対して課せられる条件です。

これで可能な固有状態が多少絞られましたが、もう少し詳しく見ていくために次のような昇降演算子と呼ばれる演算子を定義します。

\hat{J}_{\pm}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\hat{J}_x\pm i\hat{J}_y

準備として\hat{J}_{\pm}の性質を調べてみます。

冒頭に仮定した交換関係を用いると、すぐに、

[\hat{J}^2,\hat{J}_{\pm} ]=0
[\hat{J}_z^2,\hat{J}_{\pm} ]=\pm\hbar\hat{J}_{\pm}
\hat{J}_{\mp}\hat{J}_{\pm}=\hat{J}^2-\hat{J}_z(\hat{J}_z\pm\hbar)

がわかります。

ここで、\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu}に作用させてみて、その結果が相変わらず\hat{J}^2\hat{J}_zの固有状態となっているか、なっているなら固有値の値は何かを確かめます。

まずは\hat{J}^2について。\hat{J}^2\hat{J}_{\pm}が可換であることを用いて、

\begin{split}
\hat{J}^2(\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu})&=\hat{J}_{\pm}(\hat{J}^2\ket{\eta\mu}) \\
&=\hat{J}_{\pm}(\hbar^2\eta\ket{\eta\mu}) \\
&=\hbar^2\eta(\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu})
\end{split}

よって、\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu}\hat{J}^2の固有状態で、固有値も\hbar^2\etaのままであることがわかりました。

一方\hat{J}_zについては、

\begin{split}
\hat{J}_z(\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu})&=(\hat{J}_{\pm}\hat{J}_z\pm\hbar\hat{J_\pm})\ket{\eta\mu} \\
&=(\hat{J}_{\pm} \hbar\mu \pm\hbar\hat{J_\pm})\ket{\eta\mu}\\
&=\hbar( \mu \pm1)\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu}
\end{split}

したがって、\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu}\hat{J}_zの固有状態ですが、固有値はもはや\hbar\muではなく\hbar(\mu\pm1)となることがわかります。

ここまでの話を整理すると、\hat{J}_{\pm}\ket{\eta\mu}は新しい固有状態\ket{\eta\mu\pm1}に対応することが結論できます。

この性質が、\hat{J}_{\pm}が昇降演算子と呼ばれる理由、また記号の妥当さの所以となります。

ところで、-\sqrt{\eta}\leq\mu\leq\sqrt{\eta}より、ある\etaに対して\muの取りうる値は制限されていました。

\hat{J}_{+}\ket{\eta\mu}に次々と作用させると、\etaは変えないまま\muのみを\mu+1,\mu+2と大きくしていくわけですから、いつか取りうる値の最大値にたどり着くと考えられます。

そのような\mu\mu_{\mathrm{M}}と書くことにします。すると、

\hat{J}_+\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}=0

であるべきといえます。

さて、準備が長くなりましたが、いよいよ\eta\muの取りうる値を絞り込んでいく議論に移りたいと思います。

天下りではありますが、\hat{J}_-\hat{J}_+\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}を計算してみましょう。

\hat{J}_+\ket{\eta\mu_M}=0からすぐに分かる通り、\hat{J}_-\hat{J}_+\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}=0です。

一方、\hat{J}_{\pm}を定義した際に導いたように、

\hat{J}_{\mp}\hat{J}_{\pm}=\hat{J}^2-\hat{J}_z(\hat{J}_z\pm\hbar)

という関係があるので、これを用いると、

\begin{split}
\hat{J}_-\hat{J}_+\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}&=\{\hat{J}^2-\hat{J}_z(\hat{J}_z+\hbar)\}\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}\\
&=\hbar^2\{\eta-\mu_\mathrm{M}(\mu_\mathrm{M}+1)\}\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}
\end{split}

この式が\hat{J}_-\hat{J}_+\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}=0と両立するためには、

\eta-\mu_\mathrm{M}(\mu_\mathrm{M}+1)=0

でなくてはならなりことがわかります。

ここで次のステップに進む前に、式\hat{J}_+\ket{\eta\mu_M}=0について補足したいことがあります。

この式は一見、\hat{J}_{+}には\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}に作用すると0を与えるという性質があるように見えます。

この性質は\hat{J}_{+}の元々の定義\hat{J}_{+}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\hat{J}_x+ i\hat{J}_yからは導かれません。

なのでもし、\hat{J}_+\ket{\eta\mu_M}=0\hat{J}_{+}の性質とするなら、我々は\hat{J}_{+}の定義を改めて、\hat{J}_{+}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\hat{J}_x+ i\hat{J}_yだが、\ket{\eta\mu}(\mu\geq\mu_\mathrm{M})に作用したら、これを0にする、などとしなければ物理的要請を満たせません。

つまり、\hat{J}_{+}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\hat{J}_x+ i\hat{J}_yという定義と物理的要請\hat{J}_+\ket{\eta\mu_M}=0は、今のままでは矛盾しているのです。

しかし、定義を改めてしまうと今度は\hat{J}{\mp}\hat{J}{\pm}=\hat{J}^2-\hat{J}_z(\hat{J}_z\pm\hbar)が成り立つか分からなくなってしまいます。

なぜなら、この式は\hat{J}_{\pm}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\hat{J}_x\pm i\hat{J}_yの元で導かれた式だからです。

この状況を打開する有効な考え方は、\hat{J}_{+}\ket{\eta\mu_\mathrm{M}+1}に作用すると定義から導かれたとおり\ket{\eta\mu_\mathrm{M}+1}を与えるが、このケットに対応する状態が現実世界には存在しないので、計算者が\ket{\eta\mu_\mathrm{M}+1}を発見次第0に置き換える、という解釈です。

この立場なら、\hat{J}{\mp}\hat{J}{\pm}=\hat{J}^2-\hat{J}_z(\hat{J}_z\pm\hbar)を維持したまま、\hat{J}_+\ket{\eta\mu_M}=0が成り立つので、先程導いた式、

\eta-\mu_\mathrm{M}(\mu_\mathrm{M}+1)=0

が正当化されるのです。

細々とした補足でしたが、本題に戻ります。

\muの上限について行った議論が\hat{J}_+\hat{J}_-\ket{\eta\mu_\mathrm{M}}を計算することで、ほとんどそのまま下限\mu_\mathrm{m}についても成り立ち、次の式を得ます。

\eta-\mu_\mathrm{m}(\mu_\mathrm{m}-1)=0

両式から\etaを消去して、変形すると、

(\mu_\mathrm{M}+\mu_\mathrm{m})(\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}+1)=0

明らかに\mu_\mathrm{M}\geq\mu_\mathrm{m}なので、\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}+1\geq1より、

\mu_\mathrm{M}+\mu_\mathrm{m}=0

したがって、\mu_\mathrm{M}\mu_\mathrm{m}は、数直線上で0を中央に挟んで等距離のところにあることがわかります。

\mu_\mathrm{1}で表される固有状態があったとすると、\hat{J}_{\pm}と次々作用させて\mu_\mathrm{M}\mu_\mathrm{m}にたどり着くことができます。

つまり、

\mu_\mathrm{M}=\mu_\mathrm{1}+正の整数\\
\mu_\mathrm{m}=\mu_\mathrm{1}-正の整数

だから

\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}=非負整数

が言えるので、

\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}=2j\qquad\left(j=0,{1\over2}, 1, {3\over2}\cdots\right)

とします。

もしかすると、\mu_\mathrm{m}から\hat{J}_+で上限まで上がっていく際、最後\sqrt{\eta}-1<\mu<\mu_\mathrm{m}の値にたどり着くために、\mu_\mathrm{m},\mu_\mathrm{m}+1,\mu_\mathrm{m}+2\cdots\cdots\mu_\mathrm{M}-2,\mu_\mathrm{M}-1,\mu_\mathrm{M}が同一の±1の系列でつながっていないのでは、と疑われる方がいらっしゃるかも知れません。

\mu_\mathrm{M}とは異なる別の上限{\mu_\mathrm{M}}^\prime(もう一回1を足すと-\sqrt{\eta}\leq\mu\leq\sqrt{\eta}からはみ出る)が存在すると仮定すると、{\mu_\mathrm{M}}^\primeについても、

\hat{J}_+\ket{\eta{\mu_\mathrm{M}}^\prime}=0

が要請され、

\eta-{\mu_\mathrm{M}}^\prime({\mu_\mathrm{M}}^\prime+1)=0

だから、

({\mu_\mathrm{M}}^\prime+\mu_\mathrm{m})({\mu_\mathrm{M}}^\prime-\mu_\mathrm{m}+1)=0

より

{\mu_\mathrm{M}}^\prime+\mu_\mathrm{m}=0

となって、結局\mu_\mathrm{M}{\mu_\mathrm{M}}^\primeは等しいということになります。

さて、いよいよラストスパートです。

\begin{split}

\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}&=2j\qquad\left(j=0,{1\over2}, 1, {3\over2}\cdots\right)\\
\mu_\mathrm{M}+\mu_\mathrm{m}&=0
\end{split}

から、

\mu_\mathrm{M}=j\\
\mu_\mathrm{m}=-j

となります。

また、(\mu_\mathrm{M}+\mu_\mathrm{m})(\mu_\mathrm{M}-\mu_\mathrm{m}+1)=0より、

\eta=j(j+1)

\mu_\mathrm{m}の式を使っても同様の結果となります。

すると、\hat{J}^2\hat{J}_zの固有値は、

\begin{split}
\hat{J}^2\ket{\eta\mu}&=\hbar^2\eta\ket{\eta\mu}=\hbar^2j(j+1)\ket{\eta\mu}\\
\hat{J}_z^2\ket{\eta\mu}&=\hbar^2\mu^2\ket{\eta\mu}\qquad\left(\mu=-j,-j+1\cdots j-1, j\right)
\end{split}

固有状態を指定する量子数を\eta\muからjmに取り替えると、

\begin{split}
\hat{J}^2\ket{jm}&=\hbar^2j(j+1)\ket{jm}\qquad\left(j=0,{1\over2}, 1, {3\over2}\cdots\right) \\
\hat{J}_z^2\ket{jm}&=\hbar^2m^2\ket{jm}\qquad\left(m=-j,-j+1\cdots j-1, j\right)
\end{split}

この式が今回の議論の結論となります。

交換関係から絞り込める固有値の範囲はここまでですが、\hat{J}_x, \hat{J}_y, \hat{J}_z,\hat{J}^2に具体的な物理量が対応する場合、範囲はさらに狭まります。

それでも、最初に提示した交換関係と一般的な物理的要請から、かなり具体的なことが言えたと思いませんか?

具体例として、軌道角運動量の場合は基礎的な量子力学でも学ぶように、

\begin{split}
j&=0,1,2\cdots\\
m&=-j,-j+1,\cdots ,j-1,j
\end{split}

となって、jは半整数を取らなくなります。

電子スピンの場合、jが取りうる値は1/2のみで、mは±1/2となります。