分子生物学まとめてみた「翻訳」

翻訳

tRNA

mRNAが核から細胞質に出てくると、リボソームが三塩基ずつアミノ酸に翻訳していく。mRNA側の三塩基をコドン、コドンと結合するtRNA側の三塩基をアンチコドンと呼ぶ。tRNAは約80個の塩基からなるRNAで、正確な3次元構造に折りたたまれる。mRNAと塩基対形勢するアンチコドン領域と、担当のアミノ酸と共有結合する3’末端が特に重要である。

tRNAには通常のRNAには見られない塩基I(イノシン)、ψ(プソイドウリジン)などが存在する。こういった特殊な塩基は50種以上知られている。tRNAはRNAポリメラーゼIIIによって合成されたtRNA前駆体から、不要な部分が取り除かれた後、いくつかの塩基が修飾を受けてから核外に輸送される。tRNAのスプライシングはmRNAのものとは異なる機構で進む。塩基の修飾は、正しいコドンとの対形成や正しいアミノ酸との結合に影響する。

コドンの3番目=アンチコドンの1番目(核酸は常に5’から3’に数える)はゆらぎの位置と呼ばれ、ここの塩基対が正しくなくても反応が進むことがある。例えばmRNAのUに対して、ゆらぎの位置ならAの他にGやIが許容される。ヒトのtRNAは500近くあるが、それらがカバーするアンチコドンの種類は48個である。ゆらぎの位置の雑さがあることによって、61個のコドンに対応している。64に満たない残りの3つは終止コドンである。終止コドンには対応するtRNAは存在しない。

アミノアシルtRNA合成酵素がアミノ酸をtRNAに結合させる。この酵素は20種類あり、それぞれ1個のアミノ酸を担当している。自分の担当のアミノ酸が結合すべきtRNAを全て認識して、tRNAの3’のOHとアミノ酸のCOOHでエステル結合を結ぶ。この反応はATPを消費して行われ、エネルギーの一部はエステル結合に保存されてペプチド結合を形成するときに使われる。

アミノアシルtRNA合成酵素は自身の担当アミノ酸の形と相補的な形のくぼみを持っており、ここに入ってきたアミノ酸をATPを使ってアデニル化する。次にこのアデニル化アミノ酸を別のくぼみに送ろうとするのだが、このくぼみには正しいアミノ酸は入らず、よく似たアミノ酸は入るようになっている。このくぼみに入った間違ったアミノ酸は直ちに脱アデニル化されて、反応は白紙に戻される。正しいアミノ酸はtRNAと結合する。tRNA合成酵素はtRNAの方も正しく認識する必要がある。そのため、標的のtRNAと広い領域で相補的な構造を取っており、ほとんどの場合アンチコドン領域も認識部位に含まれる。

リボソーム

リボソームはrRNAとリボソームタンパクからなる巨大な複合体で、細胞質中では2つに別れている(大サブユニット少サブユニット)。タンパク質を合成するときだけ会合する。リボソームがmRNAを5’→3’に読んでいき、タンパク質をN末端からC末端へと合成していく。

リボソームにはtRNAが入れる空間が3つあり、それぞれA部位P部位E部位と呼ばれる。tRNAは各部位をこの順番で移動する。tRNAが移動するというより、リボソームが前へ進んだ分、後ろにずれるという表現の方が良いだろうか。E部位はtRNAはmRNAから離脱するための部位であるから、アンチコドンがあっているかどうかは関係ないが、A部位とP部位はアンチコドンが正しくないとtRNAがうまく収まらない

新しいtRNAがA部位に入るとき、P部位にはそれまで伸長してきたポリペプチド鎖と結合しているtRNAがいる。ポリペプチド鎖のC末端が、新しく入ってきたtRNAが連れてきたアミノ酸のアミノ基に転移して、ポリペプチド鎖が伸びる。その後、P部位には何も結合していないtRNA、A部位にはポリペプチド鎖と結合したtRNAがいる状態から、リボソームが3塩基分だけ移動し、tRNAはP→E、A→Pへと移動する。E部位に入ったtRNAは直ちに乖離し、次のtRNAをA部位に迎い入れることができる状態となる。

伸長反応の前に、ETタンパク(伸長因子)によるtRNAの確認がある。細菌ではET-TuとET-Gが、真核生物ではET1とET2が働く。ET-TuはアミノアシルtRNAと非共有結合しており、tRNAがA部位に少し入って正しい塩基対を形成したときのみ、自身に結合しているGTPを加水分解して構造を変えてtRNAを放す。ET-Tuが放すと、tRNAはリボソームの所定の位置に付き、伸長反応を受けることになる。この校正をすり抜けてA部位に入ってきた間違ったtRNAは、リボソームの所定の位置に付くまでに熱運動により乖離する可能性が高い。これはET-TuがtRNAを放してからtRNAがリボソームにセットされるまでの時間が、正しくないアンチコドンのときの方が長いからである。しかし、正しいアンチコドンを持つtRNAもかなりの数が反応場に行きつく前に乖離しているようだ。

リボソームの主要な仕事はrRNA分子が主導している。リボソームにはタンパク質も含まれているが、これらはRNAはの構造変化を助けたり、足場として集合を助けるのが主な役目で、触媒部位はRNA分子の原子による。RNAの塩基部分にはイオン化しやすい官能基が無いため、多数の水素結合で安定化を図っている。興味深いことに、P部位にいる1つ前のtRNAもOH基を提供して、触媒部位として一役買っている。

mRNAの翻訳は、リボソームが5’末端から走査して一番はじめに出会ったACCAUGのAUG(開始コドン、メチオニン)から始まる。開始コドンの三塩基だけでなく、その周りの配列も翻訳開始の識別に利用している。それらの配列が理想とは異なると、リボソームは時折1つ目の開始コドンを見逃して、2つ目の開始コドンから翻訳を始めることがある。これを利用して、N末端の異なるタンパクを作り分けることができる。例えば、タンパクのその後の行き先を指令するシグナルとしてN末端のペプチド鎖を利用することと組み合わせて、同じ機能のタンパク質を複数の区画に分配することができる。開始コドンはアミノ酸としてはメチオニンを指令しているので、全てのタンパクのN末端はメチオニンであるはずだが、そうはなっていない。多くの場合開始メチオニンは切り取られる。

終止コドンが来ると、それに対応するtRNAは存在せず、翻訳がその場で停止する。遊離因子が結合して、最終的に伸長中のペプチド鎖とtRNAのエステル結合が加水分解されて、タンパクが細胞質に遊離する。

1つのmRNAには多数のリボソームが結合しており、同時に翻訳作業が行われている。真核生物のmRNAはそれに結合するタンパクの働きで、5’末端と3’末端が空間上近い位置に保たれている。そのため、翻訳を終了したリボソームがまた同じmRNAを翻訳しやすい。

基本的に遺伝暗号は全ての生物で共通であるが、一部異なる暗号表を持っている細菌や細胞小器官がある。また、一般の細胞でも、ある特定の配列中で出現するコドンの意味が、通常とは異なる場合がある。

真核生物と細菌でリボソームの構造が異なることを利用した創薬戦略が考えられる。ヒトのリボソームとは結合せず、細菌のリボソームにだけ結合してこれを不活化する薬剤を設計するのだ。菌類は細菌と資源を巡って競合することが多く、進化の過程で細菌だけを殺す生化学物質(抗生物質)を発明したものがある。

種々の制御機構

ナンセンス変異の発見によるmRNAの分解:本来スプライシングで取り除かれるはずの領域に終止コドンがあった場合、一番最初にそのmRNAの翻訳を試みたリボソームがその場所で停止する。スプライシングによりエキソン同士がつながると、その場所にエキソン接合部複合体(EJC)が取り付けられることを思い出そう(一つ前の記事)。EJCはリボソームが通過するときに外される。もしmRNAにEJCが残っている状態でリボソームが停止していたら、それは異常があることの十分条件であり、mRNAを分解する機構が誘導される。ただし、イントロンに終止コドンがなかったり、一番3’側のイントロンが取り除かれなかった場合は、EJCがある状態でのリボソームの停止が引き起こされないため、この機構による分解はできない。

ほとんどのポリペプチドはリボソームから細胞質に伸びてくると、直ちに2次構造をとり、ドメインを構成するアミノ酸が全て出てくると、数秒以内にほぼ正しい構造に折りたたまれる。その後リン酸化などの修飾を受けるべきものは受け、側鎖の位置を微調整したり、他のサブユニットと会合したりして機能を果たせる成熟タンパクとなる。進化において、機能だけでなく折りたたみの速さについても選択がなされたようだ。

一部のポリペプチドには再安定構造以外にもエネルギーが極小となる配座があり、かつその配座が高い速度論の壁に阻まれていることがある。すると、タンパク質が誤った(ときに有害な)構造に取り残される可能性がある。正しい構造では疎水性残基は水に触れないようになっているが、誤っているとそれらが露出して、水と触れないために疎水性の面を隠し合うように会合する事がある(アミロイド)。シャペロンは疎水性の表面を持っており、他のタンパクの疎水性部位に結合しては離れることを繰り返して、そのタンパクが解けてもう一度折りたたまれる機会を与える。

hap(heat shock protein)はシャペロンファミリーの1つである。hsp70はATPの加水分解サイクルごとに上で述べた方法でペプチドに結合・離脱する。hsp60は大きな樽状のタンパクで、疎水性の入り口が誤って折りたたまれたタンパクを捉えて、内部に導く。ATPを加水分解して構造を変えつつタンパクを放出する。機械的な力によりタンパクが折りたたみ直されることもあるが、普通は一回では成功しないので、何個もATPを加水分解する必要がある。

シャペロンが対処しきれない場合は、間違って折りたたまれたタンパクはプロテアーゼによって分解される。プロテアーゼはプロテアソームという膜を持たない巨大な複合体の中にあり、むやみに周囲のタンパク質を分解しないようになっている。タンパク質をプロテアソームに送るためには、そのタンパクをポリユビキチン化しておく必要がある。ユビキチン化酵素は異常なタンパクの疎水性表面を目印にしているが、新しく合成されているタンパクで、まだ折りたたまれるほどアミノ酸が揃っていないがゆえに疎水性残基を露出しているタンパクを、時期尚早にユビキチン化してしまうことが頻繁に起こる。

正常な制御に基づいてあるタンパクを分解するときには、特異的なキナーゼがリン酸化することで構造が変わり、疎水性残基をユビキチン化酵素に提示するという機構が主流である。

RNAワールド

進化の初期段階では、RNA分子が現在タンパク質が担っている役割を果たしていたと考えられている。複雑な構造を取ることができる一本鎖RNAの中には、生化学反応を触媒できる物があり、リボザイムと呼ばれる。

人工的に合成されたリボザイムの内、有用な触媒活性を持つものが多数発見されている。一番はじめに、自身の合成を触媒するRNAが出現し、変異を蓄えながら自己増殖していくうちに、rRNAやtRNAなど、翻訳を担うリボザイムが出現したと考えられる。次に、タンパク質が自然選択に挑戦し、DNAの合成とRNAへの転写を担うものが出現した。このように考えると、DNAの複製と転写はタンパクが担い、翻訳はRNAが担っている現状と辻褄が合う。

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