分子生物学まとめてみた「進化」

進化

純化選択:遺伝子の機能を損なうような変異は自然淘汰されて、結果配列がよく保存される現象のことを純化選択と呼ぶ。進化ともという。

DNA中で遺伝子をしている領域の塩基配列は、遠い種間でもよく保存されており、中には種間で置き換えても正常に機能する遺伝子もある。機能的に重要な遺伝子に変異が入ると、その個体はすぐ死ぬので、変異は後世に伝わらず、結果こういった遺伝子はよく保存される。

DNAの複製・組み換え・修復時の誤りによる点突然変異や、一定の長さの領域の欠失・重複・逆位・染色体間転移などによって、DNAは多種多様な変異を受けうる。変異は時間が経てば経つほど多く蓄積されていくので、塩基配列を比較することで種の分岐のおおよその時期が計算できる。中立の変異には選択圧がかからないので、ほぼ一定の速さで蓄積されていく。これを用いればかなり正確な系統樹を作成できる。

遺伝子と遺伝子の間の領域かつ調節にも関わっていない配列は、取り除いたり切り貼りしたりしても、発現にはほとんど影響しないと考えられる。個々の遺伝子の配列はよく似ているのに並び順が全く異なったり、乗っている染色体すらも異なる例が見つかり、DNAの配列は想像以上に動的に変化しているということがわかった。同じ染色体上で、遺伝子の並び順もよく似ている領域をシンテニーと呼ぶ。当然、種が遠いほどシンテニーは減る。種があまりにも遠いと、遺伝子に多くの変異が溜まるので、もともと同一の遺伝子であったことの判別も難しい。

大した機能を持たないDNA領域の獲得と喪失は両方起こりうるが、種によって両者の速さはだいぶ異なるらしい。フグ(Fugu rubripes)は喪失の速さが獲得に比べて速かったので、ガラクタDNAをほとんど持たず、機能を持つ遺伝子が整然と収まっている。

多くの種のDNA配列がデータベースに登録されており、これらを比較したところ未だ機能がわかっていないが配列がよく保存されている領域が見つかった。純化選択の考え方からすると、こういった領域は何らかの機能を持つと推測される。

集団遺伝学によれば、0.1%以下の機能上の優位性であっても、変異の保存性に大きく影響するという。したがって、ある配列が広範な種に見られるからといって、肉眼による観察で分かるほど表現型には影響していないこともあり得る。

長らくよく保存されてきたにもかかわらず、最近になって大変化を遂げた遺伝子がある。ヒトとチンパンジーの比較で見つかり、チンパンジーとニワトリはよく似ているのにヒトとは大きく異なる領域があった。ヒト加速領域と呼ばれ、脳の機能と関係があるらしい。

遺伝子そのものへの変異ではなく、調節領域への変異が鍵を握っていることが多い。恐らく、脊椎動物の遺伝子調節ネットワークの基礎構造は早い段階で形成され、後は量的な部分でのみ変化していると考えられる。器官・組織の基本的な設計がどの種もよく似ているのはこのためである。

遺伝子重複:遺伝子重複によって遺伝子ファミリーができた。近縁の種間でファミリーメンバーの数が異なるのはよくあることである。重複でできた2つの遺伝子はその後別々の変異を受け、異なる機能を獲得する可能性がある。あるいは、一方は変異により機能を失い、塩基配列が似ているだけの偽遺伝子となる場合もある。ゼブラフィッシュは過去に1度、恐らく数億年前に全DNAが重複して2倍化したと考えられている。そのうち30-60%が役割を変え、残りは不活化したと考えられている。

グロビン遺伝子ファミリー見ると、DNA重複の仕組みがよく分かる。多くの生物(植物・菌類・細菌を含む)でヘモグロビンと相同なタンパクが存在する。動物の初期には約150個のアミノ酸からなる一本鎖グロビンが定着し、原始的な魚類に至るまでこのタンパク質を使っていた。約5億年前に魚類でグロビン遺伝子の重複が起こり、それらはわずかに異なる2種類のグロビンに分化し、現在のα2β2のヘモグロビンの形になったと考えられる。更に哺乳類のときにβが重複し、胎児で発言するβ様グロビンができた。β様グロビンはβグロビンより酸素との親和性が高い。更にβ様からεとγへと分化した(εとγをあわせてβ様グロビンと呼ぶ)。もっと後の霊長類のときにβからδが分化し、α2δ2ヘモグロビンは霊長類の成体に極微量見られる。各グロビン遺伝子への点突然変異だけでなく、調節領域も変異を受けており、それぞれのグロビンが適切な時期に発現するようになっている。グロビン遺伝子群の中には、重複によって生じたもののその後不活化して偽遺伝子となったものもある。

遺伝子全体が重複するのではなく、ドメイン単位での重複もよく起こる。免疫グロブリンやコラーゲンは似たドメインが並んだ構造をしており、ドメイン重複によって生じたと考えられる。ドメインが途中で切断されるような重複は、安定なタンパク質を生じない可能性が高い。イントロンとスプライシングのおかげで、DNAの切断と再結合は長いイントロンの間でならどこで起こってもドメインを保存するようになった。(大抵1つのエキソンは1つのドメインに対応している)この結果、起源の異なる様々なエキソン(=ドメイン)の継ぎ接ぎで作られたタンパク質が純化選択に挑戦する機会が増えた。そのうちいくつかは実際に有用で、後世に継承されたはずだ。

集団に変異が広まる速さを大雑把に見積もることができる。有害な変異はすぐに淘汰され、有益なら速やかに広まるというのが定性的には言える。中立の変異は受精時に1/2の確率で継承されると仮定すると、この変異が大きさNの集団で固定される確率は1/(2N)である。古代人はおよそ1万人の集団であったと考えられている。この集団に中立の変異が定着する確率は1/20000で、固定にかかる平均年数は80万年ほどである。ヒトはおよそ15000年前から農耕を始め人口が増えていったが、その頃から新しい変異はそんなにたくさんは出てきていない。小さな集団で暮らし、隔離された環境で交配していた民族(ユダヤ人やアイスランド人など)の中には、その他多数の個体には見られないような変異が、多少有害であったとしても残っていることもある。

ヒトが大集団で暮らすようになってからまだそんなに時間が経っておらず、新しい中立な変異は常に生じ蓄積されていっている。こうした変異をたどっていくことで、繁殖可能な近さで暮らしていた祖先がいたかどうかが分かる。多くの個体に見られる点変異(定着した中立変異)は一塩基多型と呼ばれる。シトシンとアデニンの反復配列(CA)nは複製のときに鋳型鎖と新生鎖の間でスリップしやすく、個体によってnの値がかなり異なる。

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