分子生物学まとめてみた「発現の調節II」

発現の調節II

転写後の調節

転写が始まった後にも、mRNAやタンパク質の配列を変化させたり、量を調節したりする。

転写減衰:合成中のRNAが特殊な三次元構造を取り、これがポリメラーゼのとある構造を安定化して、ポリメラーゼをその構造のまま止めることがある。この転写産物が必要になると別の調節タンパクがRNAに結合して、ポリメラーゼの停止を解除する。

リボスイッチ:伸長中のRNAに少分子が結合したり乖離したりして、RNAの構造を変えてポリメラーゼの動きを制御する事がある。例えば、ある細胞は、グアニンが少ないときにはプリン生合成遺伝子群が転写されるが、グアニンが多くなるとこれがRNAに結合してターミネーター構造をとらせ、転写を終了するといったフィードバック制御を行っている。こういったRNAが中心的に作用する機構の存在は、生命進化の初期段階にRNAワールドが存在していたことの裏付けでもある。

選択的スプライシングによって、同じ遺伝子から異なる複数のmRNAを合成することができる。スプライソソームに認識されるコンセンサス配列を複数持っている(=イントロンが複数ある)なら、選択的スプライシングを受ける可能性がある。スプライシングへの介入は、コンセンサス配列を隠蔽してスプライソソームが結合できなくしたり、反対に理想の配列との一致率が低くて見つけづらい部位をスプライソソーム差し出したりすることで行われる。スプライシングの調節でよくあるのが、機能を持つ型と持たない型の切り替えである。翻訳の終了を定義する配列の位置を変えることもある。例えば、Bリンパ球が生産する抗体分子はC末端に長い疎水性の配列を持ち、これをアンカーにして膜に突き刺さっている。抗原から刺激を受けるとC末端を手前にずらしてアンカーを無くし、抗体は分泌型となる。

mRNAの塩基配列を後から変更して翻訳後の結果を変える場合もある。Aの脱アミノ化によるI(イノシン)、Cの脱アミノ化によるUが一般的である。このような変化が生じると、A-T→I-C、C-G→U-Aと相補的な塩基が変わるので、翻訳の際に指定するアミノ酸が変わることがある。

実は、哺乳類では合成したRNA内、5%ほどしか核外へ出ないといわれている。核内にとどまって最終的には分解されるRNAには、イントロンや転写終了配列の先の部分、不完全な加工を受けたRNAが含まれる。この機構はRNAの量の調節というよりも、不正なmRNAを翻訳させないという面で重要な役割を果たしている。

(少し脱線)HIVはウイルスRNAを宿主に打ち込んで、これを逆転写してDNAを作り、細胞のDNAに組み込む。このDNAはウイルス粒子の部品を指令しており、RNAもそのうちの1つだが、ウイルス粒子には完全なRNA(イントロンを含んだ)を組み込む必要がある。しかし、宿主細胞にはスプライシングを正しく受けていないRNAの核外搬出を阻止する仕組みがあるので、ウイルス側としては都合が悪い。HIVが持ち込むDNAにはRevと呼ばれるタンパクを指令する部分があり、Revがイントロンの特定の配列に結合すると、宿主細胞による検閲を免れることができる。

mRNAの終止コドン以降の配列や新生ポリペプチドのN末端の配列などがシグナルとなって、mRNA-リボソーム-伸長中のポリペプチド鎖の複合体が細胞の特定の区画に移される事がある。例えば、後に細胞外へ分泌する予定のタンパクは、N末端のシグナルにより伸長途中の段階で小胞体へと誘導される。

mRNAの非翻訳領域に自己相補的な配列を仕込んでおくと、ヘアピンループを形成する。ループは開始個コドンを隠蔽したり、翻訳抑制タンパクを招いたりして、タンパクの量を減らす。mRNAの5’キャップとポリA尾部が近くに位置して、翻訳を終えたリボソームが再度翻訳しやすくなっているのを思い出そう。調節タンパクがこの構造の形成を阻害して、タンパクの合成量をわずかに下げる事ができる。相補的なmiRNA(マイクロRNA)が開始コドンを隠蔽するというわかりやすい方法もある。

eIF2というタンパクは翻訳の開始前、Metと結合したtRNAを連れてリボソームに結合して待機している。リボソームが開始コドンを発見すると自身に結合しているGTPを加水分解することで構造を変え、tRNAをリボソームに引き渡す。eIF2がもう一度機能するにはグアニン交換因子にGDPとGTPを取り替えてもらわなければならない。eIF2の別の場所がリン酸化されるとeIF2Bと強固に結合して、もはや翻訳開始の補助を果たせなくなる。したがって、細胞はeIF2のリン酸化によって全てのタンパク質の合成速度を遅くすることができる。この機構は細胞周期のG0期(休止期)への導入に使われる。

リボソームは基本的にはmRNAを5’末端から走査したときに最初に出会う開始コドンから翻訳を始めるが、時折1つ目を無視して、2つ目、3つ目の開始コドンから翻訳することがある。開始コドンだけでなくその周囲の配列もtRNAの結合のしやすさに影響するらしく、配列を最適化することでN末端が完全なタンパクとそうでないタンパクの相対量を調節できる。たいてい、飛ばされる部分はタンパクの行き先を決めるシグナルになっており、機能は同じタンパクを複数の場所に送り届けることができる。

5’末端から開始コドンを探すのではなく、配列内部のリボソーム侵入部位(IRES:internal ribosome entry site)から走査し始める機構がある。IRESは配列の名前である。この配列は折りたたまれて特定の構造を取り、その周囲には通常の5’キャップに形成される翻訳開始複合体と同様の複合体が構成され、リボソームはここから走査を開始できる。

mRNAは絶えず合成され、分解されている。3’末端のポリAが細胞質へ出てきたときから、エキソヌクレアーゼによる分解を受け始める。ポリAが短くなってくると、3’末端からの分解に加えて5’キャップの除去の後5’末端からも分解され始める。mRNAの分解の開始と速度は3’UTR配列(終止コドンからポリAまでの非翻訳領域)によって調節されることが多い。この領域に分解の速度を上下するタンパクが結合する配列があるのだ。また、配列の中央側にエンドヌクレアーゼによって切断される配列をもつmRNAはより迅速に不活性化される。この機構では、切断を受ける配列とその周囲に別の調節タンパクが結合することで、不活性化の速度を厳密に制御することができる。

細胞質には、mRNAとその他のタンパクが弱く会合した膜を持たない小器官が浮遊している。P体にはキャップ除去やRNA分解を担うタンパク質が多く存在し、ストレス顆粒に取り込まれたmRNAは翻訳待機状態(休眠状態)となる。このように細胞はmRNAの翻訳・分解・保存の3つの作用を上手に調節することにより、タンパク質の量を調整している。

短鎖の非翻訳RNAの作用による転写や翻訳の調節、分解の誘導の機構が存在する。標的RNAの切断、翻訳の妨害、抑制性クロマチンの形成など、作用は多岐に渡るが、どの作用の場合もまず短鎖RNAが標的RNAの相補的な配列に結合することが、機構の第一段階である。

miRNAは元となる長鎖RNAが、普通のmRNAと同じように転写されて細胞質へ放出され、Dicerタンパクがこれを切断して生じる。miRNAはArgonauteタンパクを始めとする複数のタンパクと結合して、RISC(RNA induced silencing complex)を形成する。RISCは内部にもつmiRNAの配列と相補的な配列を持つmRNAに結合するのだが、これは配列が完全に一致していなくても多少起こる。長い領域で配列が一致しており結合が強い場合はArgonauteによってmRNAが切断され、直ちにエキソヌクレアーゼが切断面から分解し始める。一方短い結合しか作れない場合、切断はされないが翻訳は遅くなる。

miRNAを作る過程で、DicerはRNAのヘアピンループ(部分的な2本鎖)を識別して切断するが、ほぼ同様の機構でウイルスや転移因子が作る2本鎖RNAからも低分子干渉RNA(siRNA:small interfere)を作り、これを組み込んだRISCが生成する。このRISCは元となった外来RNAに結合するので、免疫系のように外来RNAへの耐性を獲得したことになる。一部の生物では、RNA依存RNAポリメラーゼがsiRNAをプライマーにして、外来RNAの一部分をPCRのように増幅する。増幅された二本鎖RNAから、再び切断を経ることで、siRNAを量産しているのだ。siRNAは細胞分裂のときに細胞質とともに子孫細胞に伝達されるので、ウイルスへの耐性が継承される。驚くべきことに、植物は細胞間でsiRNAを交換しあい、ウイルスへの耐性を伝達することができる。我々哺乳類では、タンパク質を用いた免疫系が主だが、多くの生物でsiRNAによる免疫は重要である。

miRNAはRISCの他にRITS複合体(RNA induced transcriptional silencing)も形成することができる。RITSはRNAポリメラーゼから出てきたばかりの新生RNAに結合し、ヒストン修飾タンパクを引き寄せて周囲のクロマチンをヘテロにする。これは、負のフィードバックの一種である。

piRNAはArgonauteと近縁なpiwiタンパクに結合して、生殖系列においてトランスポゾンの活動を最小限に抑えている。哺乳類のゲノムには100万種類以上のpiRNAがコードされており、多くの外来RNAに対応することができる。piRNAがどうして細胞自身のRNAを攻撃しないかはわかっていない。

細菌の持つCRISPR系は、ウイルスDNAの断片を細胞自身のDNAに組み込み、これを転写してcrRNA(クリスパーRNA)を作る。crRNAはsiRNAやpiRNAと似た方法でウイルスDNAを攻撃する。DNAのCRISPR配座には新しく登録されるDNAがプライマーに近い側に挿入されるので、過去に感染したウイルスを時系列で記録している。CRISPR系は生物実験においては、ゲノムを操作する道具として頻繁に用いられている。

ここで紹介した以外にも、役割のわかっていない非翻訳RNAが数多く存在する。もしかしたら、それらのほとんどはスプライシングなどのRNA加工工程の副産物であり、特に役割はないのかもしれない。役割が無いためその存在は細胞にとって有利でも不利でもなく、単に除去されずに残っているだけという可能性もある。

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