分子細胞生物学まとめてみた「細胞とゲノム」

細胞とゲノム

遺伝子とタンパク質の表記法

  • 遺伝子の名前はイタリック体(斜体)、タンパク質の名前はローマン体(立体)で表記する。これはすべての種で共通
  • 最初の文字だけ大文字、全て大文字、全て小文字などは種によって異なる。同じ名前の遺伝子でも、種ごとの作法に従う。
  • The cellでは種に関係なく、遺伝子・タンパク質ともに始めの1文字は大文字であとは小文字に統一。名前の後ろにつくAとかBなどの追加文字はどちらも大文字。この記事でもThe cellの流儀に従う。
  • GFPなど、一部のタンパク質は例外表記あり。この場合でも遺伝子名は原則に従いGfpと表記する。

細胞の特徴

地球上のすべての細胞に共通する特徴。すべての細胞とは、多細胞生物のあらゆる細胞及びすべての種にまたがってという意味である。

  • DNAに遺伝情報を格納している。他の種のDNAも読み取ることができる。
  • DNAを転写してRNAに情報を写し取る。RNAからタンパク質への翻訳の仕方も共通。
  • タンパク質を触媒として用いる。つまり、遺伝情報はタンパク質として生命活動に反映される。
  • 役に立つ配列のタンパク質はどれも正確な構造に折りたたまれて機能する。

一部のRNA分子も正確に折りたたまれて、触媒として機能する。

DNAの塩基配列はタンパク質として機能するひとまとまりの領域に区切ることができ、この領域一つ一つが1個の遺伝子である。他にも、RNAスプライシング受け一連のタンパク群を司令する領域や、非翻訳RNAを司令する領域も1個の遺伝子と数える。調節DNAは遺伝子にカウントされない。すべての遺伝子をまとめてゲノムという。我々ヒトは20000以上の遺伝子を持つ。DNA、遺伝子、ゲノムの違いについてはこちらの記事参照。

500個以下の遺伝子で生きていける細胞があるという。Mycoplasma genitaliumは約530個の遺伝子を持ち、そのうち約400個だけが必須。この生物のゲノムは約58万bpからなる。細胞が細胞として最低限やっていけるために必要な遺伝子数の下限は300程度と見積もられている。しかし、すべての種で共通する遺伝子はおよそ60個である。ならば、残りの240個に相当する遺伝子は、種ごとに同じ機能を異なる配列のタンパクで実現していると考えられる。

脂質分子が自発的に二重膜を作るのは、この構造が水中では最も安定だからだろう。したがって、細胞は細胞膜の維持に多くのエネルギーを消費しなくても済むと考えられる。脂質のミセルは球形が最も安定だから、それ以外の形状の細胞膜を維持したり、形状を変化したりするためには自由エネルギーが必要である。脂質二重膜は疎水性の小分子はよく通すが、それ以外は基本的にあまり透過しない。膜が何を通すかは、ほとんど膜に埋め込まれた膜輸送タンパクによって特徴づけられる。

エネルギー源

ここまで、DNA周りの共通する仕組みを見てきた。使っている自由エネルギー源はどうだろうか。こちらはとても多様である。

  • 有機栄養生物:他の生物の体に蓄えられた化学エネルギー
  • 光栄養生物:太陽光エネルギー
  • 無機栄養生物:平衡から遠い無機化学系

原核生物(細菌と古細菌)は特に生化学的多様性に富む。CをCO2から入手し、エネルギーはH2Sを酸化させて得るものや、他のエネルギー源としてH2, Fe2+, S8を使うものなど、いろいろなのがいる。

真核細胞と原核細胞

生物は細菌(真正細菌)古細菌真核生物の3大ドメインに分けられる。用語が誤解を招きそうだが、我々真核生物はどちらかというと古細菌に近い。DNA周りの装置は古細菌と真核生物でよく似ている。

真核細胞は原核細胞にくらべて遥かに複雑で、多細胞生物の場合もっと複雑。原核細胞のよくある図には、環状DNA、リボソーム、鞭毛が描かれているが、真核細胞の図には核、小胞体、リボソーム、ミトコンドリア、ゴルジ体、中心体、アクチンフィラメント、中間経フィラメント、ペルオキシソームなどなど、多様な細胞小器官が描かれる。

真核細胞にあって原核細胞にないものの代表例

  • 細胞骨格:微小管、アクチンフィラメント、中間経フィラメントは細胞に機械的強度を与え、膜の形や小胞の位置を制御したり、運動を引き起こしたりする。
  • 内膜系:細胞内に閉じた空間を与え、化学反応の場となったり、分子を濃縮して細胞外に分泌したりする。核膜は染色体を保護している。

食作用とは、他の細胞を自身の体で囲い込み、栄養源にすること。食作用を行うには、細胞自身がそこそこ大きく、柔らかい細胞膜が必要(細胞壁を持っていると難しい)。細胞骨格とモータータンパクによって、膜の形が激しく変化する。細胞の運動によってDNAが千切れることのないように、先に核膜が発達したのかもしれない。

ミトコンドリアと葉緑体は、それぞれ好気性細菌、光合成細菌が祖先で進化のある段階で食作用に取り込まれたが消化されなかったのが起源と考えれる。したがって、二重の脂質二重膜(一方は細胞のもう一方は細菌の細胞膜に由来)に囲まれ、細胞小器官でありながら自前の環状DNAを持ち、tRNAも細胞本体と異なるものを使っている。葉緑体やミトコンドリアが使うタンパク質の一部は核内のDNAに司令されており、これは共生した細菌から遺伝子が水平伝播したと解釈できる。

  • 動物細胞:ミトコンドリアを獲得して代謝の効率が上がったため、激しい運動ができるようになった。細胞壁を捨て、他の細胞を追いかけて食べることで栄養の大半を獲得するものが現れた。
  • 植物細胞:動物細胞がさらに葉緑体を獲得したことで、他の細胞を追いかけなくてもエネルギーを摂取できるようになった。細胞骨格とモータータンパクはもつが、膜を素早く変形する能力は失い、細胞壁が復活した。
  • 菌類:動物細胞同様、ミトコンドリアはもつが葉緑体は持たない。しかし、植物細胞のような細胞壁を持ち、食作用はない。このため、消化酵素を細胞外に分泌して外で消化した後、栄養となる小分子を取り込む。

真核生物のDNAは原核生物のものに比べて圧倒的に長い。遺伝子の数が多いことは確かだが、遺伝子でない領域=非翻訳領域が多いことによる。非翻訳領域には調節DNAが大量に含まれていると考えられる。多細胞生物ではこの傾向はさらに強い。これは、多細胞生物の発生と分化の過程で精巧な発現調節が必要であるからだと考えられる。調節DNAは確かに多いが、調節領域ですらない非翻訳領域(捨てても問題ない部分)も多い。

動物細胞植物細胞菌類
単細胞原生動物藻類酵母
多細胞動物植物菌類

遺伝子の変異

  • 遺伝子内変異:複製ミスにより配列がランダムに変わる。
  • 遺伝子重複:偶然複写された2本のDNAが1つの細胞に残り続ける。全く同じ2つの遺伝子がしばらく共存し、それぞれで遺伝子内変異が起こるのを待つ。その結果、似た配列で多くの場合機能も似ている遺伝子群(遺伝子ファミリー)ができる。
  • 遺伝子混成:例えば2本のDNAが事故で同時に切れ、別々の相手と再結合した結果、遺伝子が途中で切れて混ざり合う。
  • 水平伝播:異なる細胞間(種間)でDNA断片がやり取りされ、新しい配列を獲得する。

遺伝子ファミリータンパク質ファミリーの違い:前者は似た塩基配列をDNA上に複数持っている場合で、後者は1つの遺伝子からRNAスプライシングなどによって、似たアミノ酸配列のタンパク質が複数出来上がる場合である。

水平伝播について詳しく:主にウイルスが細胞間でDNAを輸送する。ウイルスの殻が宿主細胞のDNA断片を取り込んで別の細胞に導入する。ウイルスが持ち込んだDNAには、ウイルス粒子を作るためのタンパクをコードしている領域があり、これは原則細胞にとって有害であるが、まれにウイルス粒子を作らずに細胞の中で何世代も残り続けることがある。DNA断片として細胞質に残ることもあれば、細胞のDNAに組み込まれることもある。ウイルスによる水平伝播は原核細胞によく見られ、種をまたがることも許される。より高等な生物が行う有性生殖も、考えようによっては異なる細胞間で遺伝子の水平伝播が起こっていると解釈できる。こちらは、基本的に同じ種間でしか起こらない。

自然選択:選択とは限られた資源をめぐる競争に勝ち、生き残って子孫を残すこと。事故や間違いにより子供の遺伝子がちょっと変わると、その変異が有用か劣等かで異なる運命をたどる。

  • 重要なタンパク質が使えなくなる場合:死んで子孫を残せない。
  • 中立の変異の場合:生き残ることもあれば生き残らないこともある。
  • タンパク質の性能を上げる場合:その変異を獲得した個体は他の個体より生存に有利なので子孫を残せる確率が上がる。その子供もまた子孫を残せる確率が高い。したがって、集団を見渡したときにその変異を持っている個体がよく見られるようになる=自然選択される。

タンパク質Aから機能の優れたAが出現するためには、いくつかの中立の変異を経る必要があることが多い。何世代もかけて中立な変異が蓄積されていく必要があり、その途中で運悪く致死性変異が入って死滅した個体もいただろう。

大事な遺伝子(rRNAを司令する遺伝子など)は少しでも悪くなると大いに不利で、少しでも良くなると大変有利なので、おそらく進化のかなり早い段階で、生物集団は最適解の配列で埋め尽くされたのではないだろうか。そう考えると、DNA周りの装置が全生物種でよく似ているのは納得できる。

塩基配列が似ている遺伝子は、似たアミノ酸配列のタンパク質を司令しているので、タンパク質の構造=機能もよく似ている場合が多い。新しい遺伝子の塩基配列を同定したら、まずデータベースで似た配列かつ機能が既知の遺伝子がないか探してみると良い。

モデル生物

モデル生物とは、人類の持つ研究リソースを同じ種に割くことで、まずはその種の理解に努めようという思想から使われ始めた。生物集団をよく代表していて、かつ実験的に扱いやすいものが選ばれた。他の種について研究するときにも、多くの種でよく保存されている遺伝子についてはモデル生物から得た知識を流用できる。

  • 大腸菌 Escherichia coli原核生物及び全生物代表。飼育が簡単で変異と選択を人為的に入れて素早く進化させることができる。すべての生物の共通するDNA周りの仕組みに関して、多くの知見が大腸菌から得られた。
  • 出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae:最小の真核生物モデル。ゲノムサイズが小さいにもかかわらず、真核細胞の基本的な仕組みはすべて持っている。真核細胞の細胞分裂に関して多くの知見をもたらした。
  • シロイヌナズナ Arabidopsis thaliana植物界代表。顕花植物は全て近縁なので、シロイヌナズナからこの生物群に関するほとんどの情報が得られた。
  • 線虫 Caenorhabditis elegans多細胞生物代表。細胞分裂や細胞死の研究でよく用いられてきた。体細胞の分化はとてつもなく正確で、完全に予測できる。
  • キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster:遺伝学や発生生物学の分野で、光学顕微鏡の時代から用いられてきた。
  • アフリカツメガエル Xenopus laevisゼブラフィッシュ Danio rerio脊椎動物門代表。カエルは胚発生の初期段階の研究で長く使われていきた。ゼブラフィッシュは育てやすく遺伝子操作も比較的容易で、かつ胚発生2週間は体が透明なので細胞の動きがよく観察できる。
  • マウス Mus muscalusヒト Homo sapiens哺乳綱代表。哺乳類は均一性の高い生物群で、体の構造を作る原理はほぼ共通である。種間の違いは量的な部分でしか現れない。加えて、ヒトは医療目的で自身の種の膨大な疾患情報を記録してきた。

<前の記事   目次   次の記事>